斉藤一正さんと宇いち饅頭に何があった?
山口県美祢市の老舗和菓子店「斉藤製菓」で、店主の斉藤一正さん(80)が死亡しているのが見つかりました。
テレビ朝日系(ANN)は8月31日、「人気菓子店の店主が死亡 妻も頭骨折 トクリュウか」と報じています。
斉藤一正さんは、祖父の斎藤宇一さんが昭和初期に生み出した「宇いち饅頭」を受け継ぎ、長年守ってきた店主です。
6年前の取材では、美祢市名産の石灰石をイメージした饅頭について自ら説明する姿も残っています。
そんな地域に根付いたお店で起きた事件だけに、「いったい何があったの?」と驚いた人も多いはずです。
ここからは報道されている情報を整理しながら、斉藤一正さんが発見された状況、妻の容体、そして事件で現在わかっていることを順番に見ていきます。
斉藤一正さんが斉藤製菓の2階で死亡しているのが見つかった
斉藤一正さんは8月28日、美祢市にある斉藤製菓の店舗兼住宅2階で倒れているところを発見され、その場で死亡が確認されました。
普段着姿だった斉藤一正さんの頭には、約4センチの傷を含め、複数の打撲のような傷があったと報じられています。
日テレNEWS NNNによると、頭部を打撃されて大量に出血したとみられ、警察は殺人事件を視野に捜査しています。
テレビ朝日系(ANN)は、鉄パイプやバールのような鈍器で殴られた可能性がある一方、それらの凶器は現場では見つかっていないと伝えています。
長年、地元で宇いち饅頭を作り続けてきた場所が事件現場になったという事実には、何ともやりきれないものがあります。
システムエンジニアとして長く仕事をしていると、トラブルが起きた際は「いつもと違う小さな変化」を時系列で追う癖がつきます。
今回も報道を追ってみると、斉藤製菓では事件発覚前に普段とは違う様子がいくつか確認されていました。
では、斉藤一正さんが倒れていることに最初に気づいたのは誰だったのでしょうか。
発見したのは新聞が残っていることを不審に思った息子
斉藤一正さんを発見したのは、近くに住む息子だったと日テレNEWS NNNが報じています。
新聞受けに新聞が残ったままになっていることを不審に思い、家を訪ねたところ、頭から血を流して倒れている斉藤一正さんを発見したという経緯です。
テレビ朝日系(ANN)の報道では、事件当日に現場前を通った人も「カーテンが全部閉まっていた」と、普段との違いを感じていました。
斉藤製菓は普段は年中無休だったとされているため、日常的に店を知っている人ほど違和感を覚えたのかもしれません。
さらに気になるのが、道の駅おふくへの納品です。
斉藤一正さんは8月18日に商品を納品していましたが、いつもなら商品がなくなる前に次の納品に来るところ、その後は商品が減っても姿を見せなかったと担当者がテレビ朝日系(ANN)の取材に答えています。
システム障害でもそうですが、後から振り返ると「そういえば、あれが普段と違っていた」という点が一本の線につながることがあります。
ただし、こうした異変が事件発生時刻などを直接示すわけではありません。
報道で確認できる事実と推測は、きちんと切り分けて見る必要がありますね。
そして現場では、斉藤一正さんだけでなく妻も倒れていました。
妻も頭を負傷し骨折する重傷だった
斉藤一正さんの妻も店舗兼住宅の2階で倒れており、頭部に重傷を負っていました。
日テレNEWS NNNによると、妻は頭の骨を折るなどの重傷で、病院へ搬送されています。
テレビ朝日系(ANN)は、妻には認知症の症状もあり、治療中で受け答えが難しい状態だと報じています。
事件の経緯を知る可能性がある重要な存在ですが、まず優先されるのは妻の治療でしょう。
日テレNEWS NNNによると、警察は妻の回復を待って話を聞き、詳しい経緯を調べる方針です。
ここで「妻が何か知っているのでは」と先回りしたくなるところですが、現段階で証言内容は明らかになっていません。
事件の記事は情報の空白があるほど想像で穴埋めしたくなりますが、ログのないシステム障害で原因を決めつけるのと同じで、これはかなり危険です。
確認できた事実だけを積み重ねるほうが、遠回りに見えて結局はいちばん正確ですね。
次は、斉藤一正さんの死因や頭部の傷、現場から凶器が見つかっていない点など、事件の核心部分を詳しく整理します。
斉藤一正さんの死因や老舗菓子屋の事件を解説!
斉藤一正さんの死因については、頭部への打撃で大量に出血し、ショック死したとみられていることが報じられています。
頭には約4センチの傷を含む複数の傷が確認されており、単純な転倒事故などではなく、警察は殺人事件として捜査を進めています。
一方で、「誰が」「なぜ」斉藤一正さんを襲ったのかという重要な部分は、現時点では明らかになっていません。
売上金が盗まれていないことや、窓を壊して侵入したような痕跡がないことも気になるポイントです。
事件ものは点と点をつなげると、それらしいストーリーが簡単にできてしまいます。
ただ、システムの不具合調査でも「たぶんこれだろう」で突っ走ると盛大に外すことがありますので、ここでは公表・報道されている情報を一つずつ整理していきます。
斉藤一正さんの死因は頭部への打撃による出血性ショックとみられる
斉藤一正さんは、頭部を打撃されたことで大量に出血し、ショック死したとみられています。
日テレNEWS NNNによると、斉藤一正さんの頭には約4センチの傷を含む複数の傷が確認されました。
テレビ朝日系(ANN)も、頭に約4センチの傷など複数の打撲のような傷があり、体内の血液が大きく減少したことが死因と伝えています。
つまり、「死因は何だったの?」という疑問については、現時点の報道からは頭部への打撃と大量出血が大きく関係したと考えてよさそうです。
ただし、事件の詳しい状況については捜査中です。
ネットでは事件直後ほど断定的な情報が飛び交いやすいものですが、こういうときこそ警察発表や大手報道機関の続報を基準にしたいですね。
では、斉藤一正さんと妻は、どのようなもので襲われたとみられているのでしょうか。
鉄パイプやバールのような鈍器で殴られた可能性
斉藤一正さんと妻は、鉄パイプやバールのような鈍器で殴られた可能性があると報じられています。
テレビ朝日系(ANN)によると、そのような凶器は現場から見つかっていません。
ここは事件を考えるうえで気になるポイントですが、「凶器がない=犯人が持ち去った」などと断定することはできません。
現段階で分かっているのは、斉藤一正さんの頭部に複数の傷があり、妻も頭部に重傷を負っていること、そして想定される凶器が現場で確認されていないというところまでです。
仕事柄、原因調査では「確認できた事実」と「そこから考えられる仮説」を分けてメモすることがあります。
この事件も同じ読み方をすると、情報がかなり整理しやすくなります。
凶器や犯人像については、警察による捜査の進展を待つ必要がありますね。
そしてもう一つ、事件の動機を考えるうえで注目されているのが、店のお金がどうなっていたのかという点です。
斉藤製菓の売上金は盗まれていなかった
テレビ朝日系(ANN)によると、斉藤製菓の売上金は盗まれていなかったとされています。
さらに、窓が割られたり、こじ開けられたりしたような痕跡もなかったと報じられました。
日テレNEWS NNNでは、事件当時は家に鍵がかかっておらず、自由に出入りできる状態だったとも伝えています。
この情報だけを見ると「金銭目的ではなかったのでは?」と考えたくなりますが、動機はまだ明らかになっていません。
売上金が残されていたことだけで、強盗目的を完全に否定することもできないでしょう。
システム障害でも、一つのログだけで原因を確定させると、だいたい後から別のログにひっくり返されます。
今回も「売上金が盗まれていない」「目立った侵入痕がない」という事実は重要ですが、それだけで犯人像や動機まで決めつけない姿勢が大切です。
では、一緒に倒れていた斉藤一正さんの妻は、その後どうなったのでしょうか。
斉藤一正さんの妻は事件後どうなった?
斉藤一正さんの妻は、斉藤一正さんとともに店舗兼住宅の2階で倒れているのが見つかり、頭部に重傷を負って病院へ搬送されています。
日テレNEWS NNNでは頭の骨を折るなどの重傷、テレビ朝日系(ANN)では頭部に外傷があったと報じられています。
幸いにも妻は病院で治療を受けていますが、事件について詳しく話を聞ける状況にはなっていないようです。
斉藤一正さんと同じ場所で妻も頭部を負傷している以上、事件当時に何が起きたのかを解明するうえで、妻から得られる情報は非常に重要になりそうです。
ただ、今は捜査のための聞き取りより、まず治療と回復が優先される段階でしょう。
警察も妻の回復を待ちながら、事件の詳しい経緯を調べる方針だと報じられています。
妻は頭の骨を折るなどの重傷で病院へ搬送された
斉藤一正さんの妻は頭部に大きなけがを負い、病院へ搬送されました。
日テレNEWS NNNによれば、妻は頭の骨を折るなどの重傷です。
テレビ朝日系(ANN)は、妻にも頭部の外傷が確認され、治療を受けていると伝えています。
また、妻には認知症の症状があり、受け答えが難しい状態とも報じられました。
ここで注意したいのは、認知症について必要以上に事件と結びつけないことです。
今回提供された報道から確認できるのは、妻が負傷して治療中であり、受け答えが難しいということまでです。
事件の記事を読んでいると、情報が少ない部分ほど「もしかして」と想像したくなります。
40代になって仕事でも痛感しますが、分からないことを分からないまま置いておくのは、意外と大切なスキルです。
特に刑事事件では、推測がいつの間にか事実のように広がることがありますからね。
妻の容体については、今後の正式な発表や報道を待つ必要があります。
そして妻の回復は、事件そのものを解明するうえでも重要になってきそうです。
妻の回復を待って警察が事情を聞く方針
警察は、入院している斉藤一正さんの妻の回復を待って事情を聞く方針だと報じられています。
事件当時、店舗兼住宅の2階にいた妻から話を聞くことができれば、事件発生時の状況を知る手掛かりになる可能性があります。
ただし、現時点で妻が犯人を目撃したのか、事件について何を覚えているのかは明らかになっていません。
そのため、「妻なら犯人を知っているはず」といった決めつけは避けたいところです。
システムのトラブル調査でも、当事者へのヒアリングは重要ですが、記憶だけに頼らずログなどの客観的な記録と照らし合わせます。
今回も妻からの聞き取りだけでなく、現場の状況や防犯カメラなど、さまざまな証拠を組み合わせて捜査が進むと考えるのが自然でしょう。
なお、防犯カメラなどから具体的に何が判明しているのかについては、今回提供された報道では確認できません。
妻の回復とともに、今後どのような新しい事実が明らかになるのかが注目されます。
次は、事件現場となった斉藤製菓と、美祢市で長年親しまれてきた宇いち饅頭について見ていきます。
斉藤一正さんの斉藤製菓は美祢市で親しまれた老舗菓子屋
斉藤一正さんが営んでいた「斉藤製菓」は、山口県美祢市で長年親しまれてきた老舗和菓子店です。
なかでも看板商品の「宇いち饅頭」は、地元の道の駅でも販売される美祢市の名物として知られていました。
今回の事件を単なる「和菓子店で起きた事件」として見るだけでは、斉藤製菓が地域でどんな存在だったのかはなかなか伝わってきません。
地元の人から「昔からある」「味が変わっていない」と語られるお店には、チェーン店とは違った重みがありますよね。
システムエンジニアの世界でも、何十年も動き続けている仕組みには、仕様書だけでは分からない歴史が詰まっています。
斉藤製菓と宇いち饅頭も同じように、美祢市の日常や思い出と結びついた存在だったことが報道から伝わってきます。
斉藤製菓は地元で長年親しまれてきた和菓子店
斉藤製菓は、美祢市伊佐町で宇いち饅頭などを製造・販売してきた老舗和菓子店です。
テレビ朝日系(ANN)の取材に対し、地元の人は「宇いち饅頭といったら伊佐の銘菓」と話しています。
斉藤一正さんの同級生も、子どものころに親戚への土産として宇いち饅頭を買っていたと振り返り、「昔から変わっていない」とその味について語っていました。
さらに、斉藤一正さんは6年前の取材にも応じています。
その際には、美祢市周辺で昔から石灰石が有名だったことから、土の付いた石灰石をイメージして饅頭が作られていると説明していました。
斉藤一正さん自身が「見掛けは悪い」と笑えるような表現で紹介しつつ、おいしくなるよう努力していると語っていたのも印象的です。
商品を格好よく飾るより、「見た目はこうだけど味には自信がありますよ」と伝えるあたり、昔ながらの職人さんらしさを感じますね。
何十年も同じ商品が支持されるのは、広告だけではなかなかできません。
IT業界風に言えば、宇いち饅頭は美祢市で長期間安定稼働してきた「超ロングセラーシステム」のような存在だったのかもしれません。
そして宇いち饅頭は店頭だけではなく、道の駅でも販売されていました。
道の駅でも宇いち饅頭を販売していた
宇いち饅頭は、斉藤製菓の店頭だけでなく「道の駅おふく」でも販売される人気商品でした。
テレビ朝日系(ANN)の取材に対し、道の駅おふくの担当者は、美祢市の老舗菓子店といえば宇いち饅頭というほど有名だったと説明しています。
事件が報じられた8月31日には、道の駅に残っていた商品がすべて完売したとも伝えられました。
斉藤一正さんが最後に商品を納品したとされるのは8月18日です。
夏休みでよく売れていたため商品はどんどん減っていましたが、普段なら在庫がなくなる前に斉藤一正さんが納品に来ていたそうです。
ところが今回は、商品が減っても次の納品がありませんでした。
長年続いてきた取引では、「毎週何曜日」と決まっていなくても、なんとなく一定のリズムができます。
仕事でも、毎朝必ず届く処理結果のメールが一通来ないだけで「ん?」となることがあります。
宇いち饅頭の納品にも、道の駅の担当者だからこそ分かる普段のリズムがあったのでしょう。
振り返ってみると、その納品が途絶えたことも普段とは違う出来事の一つでした。
では、事件が発覚する前にはほかにどんな異変があったのでしょうか。
事件前にはいつもと違う異変もあった
事件発覚前には、斉藤製菓で普段と異なる様子が複数確認されていました。
一つは、先ほど触れた宇いち饅頭の納品が途絶えていたことです。
そしてもう一つが、事件当日に店のカーテンが閉まっていたことでした。
テレビ朝日系(ANN)と日テレNEWS NNNの報道では、8月28日に店の前を通った地元の人が、普段とは違ってカーテンが開いていないことを不審に感じたとされています。
日テレNEWS NNNによれば、斉藤製菓は普段は年中無休だったとのことです。
さらに、新聞受けに新聞が残っていることを不審に思った息子が店舗兼住宅を訪れ、斉藤一正さんを発見しています。
こうして時系列で並べると、「納品が途絶える」「カーテンが閉まっている」「新聞が残っている」という、日常とは違う出来事がいくつかあったことが分かります。
ただし、これらの出来事から事件が起きた日時や犯人の行動を推測することはできません。
システムエンジニアの仕事でも、異常を知らせるアラートが3個並んだからといって、最初のアラートが必ず原因とは限らないんですよね。
あとから見ると意味深でも、捜査によって裏付けられるまでは「確認された異変」として捉えるのがよさそうです。
そして今回、さらに注目されているのが、匿名・流動型犯罪グループ、いわゆる「トクリュウ」と事件との関係です。
次は、現時点でトクリュウについて何が報じられているのかを整理します。
斉藤一正さんの事件とトクリュウとの関係は?
斉藤一正さんの事件について、警察は匿名・流動型犯罪グループ、いわゆる「トクリュウ」など第三者による犯行の可能性が高いとみて捜査を進めていると、テレビ朝日系(ANN)が報じています。
ただし、ここは誤解しやすいところで、現時点で「トクリュウによる犯行」と判明したわけではありません。
斉藤製菓の売上金が盗まれていなかったこと、目立った侵入の痕跡が確認されていないこと、親族間のトラブルが報じられていないことなど、いくつもの情報を警察が調べている段階です。
事件当時は家に鍵がかかっておらず、自由に出入りできる状態だったとも日テレNEWS NNNが伝えています。
「トクリュウ」という言葉はインパクトが強いので、そこだけが一人歩きしやすいですよね。
仕事で原因不明の障害を調べるときと同じで、有力そうな仮説が出ても、証拠がそろうまでは確定ボタンを押さないほうが安全です。
ここでは現在報じられている捜査状況を、事実と可能性に分けて確認します。
警察は第三者による犯行の可能性も視野に捜査
テレビ朝日系(ANN)は、警察がトクリュウなど第三者による犯行の可能性が高いとみて捜査を進めていると報じています。
一方、日テレNEWS NNNによると、警察は100人態勢で捜査にあたっています。
斉藤一正さんは頭部に複数の傷がある状態で死亡し、妻も頭の骨を折るなどの重傷を負いました。
想定される鉄パイプやバールのような凶器も、現場からは見つかっていないとされています。
これだけを見ると犯人像を想像したくなりますが、現在の記事情報だけでは「誰が侵入したのか」「何を目的としていたのか」までは分かりません。
警察が第三者による犯行の可能性を調べていることと、特定の人物やグループの関与が確認されたことは別の話です。
この線引きをしておかないと、捜査情報が更新されたときに話がまるごと変わってしまいます。
次に、報道で大きく取り上げられた「トクリュウ」というキーワードをもう少し慎重に見てみます。
トクリュウによる犯行なのか現時点で断定はできない
斉藤一正さんの事件がトクリュウによる犯行だったのかは、現時点では断定できません。
テレビ朝日系(ANN)の報道は、警察が「トクリュウなど第3者の犯行の可能性が高いとみて捜査」と伝えている段階です。
つまり、「トクリュウも捜査上の可能性として浮上している」という理解にとどめておくのが適切でしょう。
事件報道では、見出しに入った強い言葉ほど記憶に残ります。
「トクリュウか」と書かれていると、つい「トクリュウだった」と頭の中で変換してしまいそうになりますが、この「か」の一文字はかなり重要です。
システムエンジニア的に言えば、「原因候補」と「原因確定」くらい違います。
たった数文字の差なのに、意味は別物なんですよね。
今後の捜査で別の可能性が浮上することもあり得るため、犯人や動機については警察の発表や続報を待ちたいところです。
では、なぜ第三者による犯行の可能性が調べられているのでしょうか。
侵入の痕跡や親族間のトラブルについて報じられていること
テレビ朝日系(ANN)によると、現場では窓が割られたり、こじ開けられたりしたような痕跡は確認されていませんでした。
さらに、斉藤製菓の売上金も盗まれていなかったと報じられています。
親族間のトラブルについても、今回提供された報道ではそのような話は出ていないとされています。
一方、日テレNEWS NNNは、事件当時は家に鍵がかかっておらず、自由に出入りできる状態だったと伝えています。
ここで注意したいのは、「侵入痕がないなら顔見知り」「売上金が残っているなら金銭目的ではない」と単純には決められないことです。
鍵がかかっていなかったのであれば、窓などを壊さず建物へ入れた可能性も考えられますが、誰がどのように出入りしたのかは今回の報道だけでは確認できません。
こういう事件では、情報が少ない時期ほど推理ゲームのようになりがちです。
ただ、現実の事件に登場するのは架空のキャラクターではなく実在する人たちなので、想像だけで犯人像を作らないことが大切ですね。
警察は100人態勢で捜査を進め、入院している妻の回復を待って事情を聞く方針と報じられています。
今後の捜査によって犯人や動機が明らかになるのか、続報を確認する必要があります。
そして、この事件で改めて注目されることになったのが、斉藤一正さんが長年守ってきた「宇いち饅頭」です。
次は、宇いち饅頭がどのように誕生し、なぜ美祢市の銘菓として親しまれてきたのか、その歴史を見ていきます。
斉藤一正さんが守ってきた宇いち饅頭の歴史とは?
宇いち饅頭は、斉藤一正さんの祖父にあたる斎藤宇一さんが昭和初期に考案した、美祢市で長く親しまれてきた銘菓です。
テレビ朝日系(ANN)の報道では、斉藤一正さんが祖父から受け継いだ宇いち饅頭を大切に守ってきたことが紹介されています。
また、過去の山口新聞の記事でも、宇いち饅頭は美祢市で産出される石灰石からヒントを得て作られたお菓子として紹介されています。
つまり宇いち饅頭は、単に長く販売されている饅頭ではなく、美祢市という土地そのものをモチーフにしたご当地銘菓なんですね。
事件をきっかけに宇いち饅頭を初めて知った人もいると思いますが、その歴史をたどると斉藤一正さんが長年守ってきたものの大きさが見えてきます。
個人的には、こうした「地元では当たり前すぎて全国的には知られていない名物」に弱いんですよね。
全国チェーンでは再現できない、土地と一緒に年齢を重ねてきた商品には独特の魅力があります。
まずは宇いち饅頭を生み出した人物から見てみましょう。
宇いち饅頭は祖父の斎藤宇一さんが昭和初期に考案
宇いち饅頭を考案したのは、斉藤製菓の創業者で斉藤一正さんの祖父にあたる斎藤宇一さんです。
テレビ朝日系(ANN)は、昭和初期に祖父が生み出した地元の銘菓を斉藤一正さんが受け継ぎ、大切に守ってきたと伝えています。
日テレNEWS NNNで紹介された過去の取材でも、斉藤一正さん自身が、祖父の宇一さんが作ったことから「宇いち饅頭」という名前になったと説明しています。
つまり「宇いち」というちょっと珍しい名前は、考案者の名前に由来していたんですね。
昭和初期から続いているとすれば、かなり長い歴史を持つことになります。
IT業界では数年前のシステムでも「レガシー」と呼ばれることがありますが、昭和初期から続く商品を前にすると、その程度で古参を名乗るのが申し訳なくなってきます。
しかも、ただ昔の商品が残っているだけではありません。
斉藤一正さんの同級生が「昔から変わっていない」と話しているように、地域の人の記憶と一緒に味が受け継がれてきました。
では、なぜ宇いち饅頭は少し変わった見た目をしているのでしょうか。
そこには、美祢市ならではの理由がありました。
美祢市名産の石灰石をイメージした和菓子
宇いち饅頭の特徴的な見た目は、美祢市で産出される石灰石をイメージしたものです。
斉藤一正さんは6年前の取材で、この辺りでは昔から石灰石が有名で、土の付いた石灰石をイメージした形だと説明していました。
山口新聞の過去記事でも、斉藤製菓の創業者である斎藤宇一さんが、地元の鉱山で産出される石灰石からヒントを得て宇いち饅頭を考案したと紹介されています。
全国各地に名物饅頭はありますが、「石灰石をモチーフにしよう」という発想はなかなかユニークですよね。
しかも斉藤一正さん自身、過去の取材で宇いち饅頭について「見掛けは悪い」と語っています。
自社商品にそこまで言ってしまうのか、と少し笑ってしまうところですが、その後には、おいしくなるよう努力しているという言葉が続いています。
派手なキャッチコピーよりも、なんだか説得力がありますね。
40代になって仕事をしていると、見栄えだけきれいな資料より、中身を何度も直してきた地味な資料のほうが役立つ場面に何度も遭遇します。
宇いち饅頭も、見た目の派手さではなく、土地とのつながりと味で長年支持されてきたお菓子なのでしょう。
そのことは、事件後の道の駅での反応からも伝わってきます。
昔から変わらない味で美祢市の銘菓として親しまれてきた
宇いち饅頭は、長年にわたり美祢市の銘菓として地元の人たちに親しまれてきました。
テレビ朝日系(ANN)の取材では、斉藤一正さんの同級生が、子どものころに親戚への土産として宇いち饅頭を買っていたと振り返っています。
味についても「昔から変わっていない」と話していました。
道の駅おふくでも長年取り扱われており、担当者は美祢市の老舗菓子店といえば宇いち饅頭というほど有名な商品だったと説明しています。
事件が報じられた8月31日には、残っていた宇いち饅頭がすべて完売したとも報じられました。
こうした話を見ると、宇いち饅頭は「観光客向けのお土産」というだけではなかったことが分かります。
子どものころから食べていた人がいて、親戚への手土産にする人がいて、道の駅でも当たり前のように並んでいる。
地域の暮らしの中に自然に入り込んでいたお菓子だったのでしょう。
システムの仕事でも、本当に生活に定着したサービスほど利用者は普段その存在を意識しません。
なくなった瞬間に「あれ、こんなに身近なものだったのか」と気づくんですよね。
宇いち饅頭について「食べられなくなるのは寂しい」と話す地元の人の言葉からも、その存在の大きさが伝わります。
ただし、斉藤製菓や宇いち饅頭が今後どうなるのかについては、今回提供された報道では明らかになっていません。
斉藤一正さんが祖父の代から受け継いできた宇いち饅頭には、美祢市とともに歩んできた長い歴史がありました。
事件の捜査とともに、地域で親しまれてきた斉藤製菓や宇いち饅頭の今後についても静かに見守りたいですね。
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